繭(まゆ)のつぶやき

母と一緒に花火大会へ! 認知症になってもかけがえのない大事な人!!

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こんにちは、天乃 繭です。

 

夏本番となり、あちらこちらで花火大会が開催されていますよね。

皆さんは、この夏、もう花火大会に行かれましたか?

以前は、色々なところの花火大会を見に行ったのですが、ここ数年はすっかり家からの観覧のみとなってました。

 

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そんな感じでのこの数年でしたが、今年は母を連れて家族みんなで近所の花火大会に行ってきました~!!

結果的に、母をこの花火大会に連れて行ってよかった!! と思っているのですが、行くまでは

『家から片道15分の距離、歩けるぅ?』

『視力がとっても悪いから、暗い夜に外を歩くことは危険?』

『途中で具合が悪くなったらどうするぅ?』

『トイレに関しては大丈夫?』

などなど。。。。

不安材料が山ほどです!

そんな危険を冒してまで行くことはないんじゃないか、家からだって見えるんだから、との思いが行ったり来たり。。。。

散々迷いに迷いましたが、今母と一緒に出来る事はできるだけたくさんやっていこう、そして会場に行くことで家から見るだけでは味わえない臨場感を感じ取ってもらって花火を見て楽しんでもらおう! と思いが固まったのは、花火の始まる30分前。

そこから大急ぎで支度をして、母と一緒に花火会場へと急ぎました。

 

私達の足で15分の距離ですが、目の悪い、足もおぼつかない母を連れてなので、もっともっと時間がかかってしまい、会場に到着する前に花火は始まってしまいました。

会場は大勢の人で賑わってます。

ラッキーなことに、母と私だけは座ることができました。

これで安心です。

立ち見をする母を心配することなく、ゆっくりと花火を見ることができます。

 

何年かぶりで花火会場で見た花火。

すっごくきれいでした!

やっぱり全然違いますよね~、うちから見る花火とは!

きれいな迫力ある花火を見ていたら、何だか日頃の疲れも不思議に吹っ飛んでしまいました。

連続して上がる花火に、思わず歓声と拍手です。

 

ふと隣の母を見てみると。。。。

母も楽しそうに花火を見ています。

拍手をするほどでもないような花火に対しても、空高く上がる度に『わ~、きれ~ね~!!』と言って一人で手をたたいて感激していました。

その母の姿を見たときに、連れてくるまであんなに迷ったけど、連れてきて本当によかった!! って心から思いましたね。

花火の明るさに映し出された母の横顔は、キラキラしているように見えました。

 

花火を見て喜び、感動していた母。

日頃は色々と大変なことも多いのですが、まだまだこれなら大丈夫! と思えた瞬間でもありました。

家に帰ってきてからは、花火を見たことはもう忘れているようでしたが。。。

それでも私はこの花火を見て感動していた母を見たのです。

一瞬のことであっても『楽しい』とか『きれい』とか、花火を見たことで母の心に湧いた感情や感性は母の心のどこかにきっといつまでも残り続けることと思っています。

段々に母と一緒に色々なところに行けることも少なくなっていくのでしょうけれど、無理のない範囲で母の感性に訴えかけるものには、これからもどんどん一緒に触れていこうと思っています。

 

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最近、母だけではなく、認知症の人達は、どのように思い感じているのかな? って思うことが多くなりました。

先日、母と一緒にデパートで買い物をした時の事。

きれいに包装された品物を店員さんが私に渡そうとしたのですが、その時私はすぐに品物を受け取ることができない状態に。

それを見た母は、私の替わりに受け取ろうと手を差し出したのですが、その店員さんは母が差し出した手には目もくれず、私に受け取ってもらおうとしていたのです。

店員さんは悪気があったわけではなく、きっと重たい品物だから母ではなく私に渡したほうが安全だと思ってのことだったと思うのです。

でも、手を差し出しているのに無視されて品物を自分には持たせてもらえなかった母は、その時どんな気持ちだったんでしょうかね?!

寂しそうな顔をしてました。

『自分は役に立たない人間』

『自分は必要とされない人間』

と思ったかもしれません。

もしかしたら、そう思うのは私の思いであって、実は母は何~とも思っていなかったかもしれません。

その時どんな気持ちだったかは、母しか知りようがないですが、『何~とも思っていなかった』であってほしいと思っています。

もちろん店員さんだって母が認知症であることを知っているわけはないのですが、手を差し出している母を無視するのではなく、『大丈夫ですか?』とか『重たいので持ってもらったほうがいいのでは?』でも何でもいいので、何か言葉をかけてくれたらよかったのに、と思います。

そうすれば、今私が感じている思いや、母がその時感じたであろう思いはしなくて済んだんじゃないでしょうか。

 

数日前、新聞のコラムだったと思いますが、そこに載っていた認知症の人の言葉とダブるものを感じます。

『先生っ。 子供にではなく、私を見てしゃべって。』

 

私達は、認知症になると何もわからなくなる、と思い込み過ぎているのかもしれないですね。

わからなくなっていることも多くあることは確かですが、認知症の人にも感情や感性があることを忘れてはいけないですよね。

どうであろうと、どうなろうと、一人の大事なかけがえのない人なんだ、という思いで接していこうと強く思わされるいくつかの出来事でした。

 

と、そう思いながらこれを書いている隣で、母がオムツを私には見つからないように隠しながらそ~っと部屋に入って来ました。

ムムムっ。

ということは、オムツを汚したんだな。

またまたオムツをはかないままズボンをはいてます。

やめて~!!!!

何度も言ってるのに~!!!

 

(中 断)

 

案の定、パンツ、はいてませんでした。

汚れたオムツはお布団の下に隠してありました。

まったく!!!

『どうであろうと、どうなろうと、一人の大事なかけがえのない人』 と思った矢先にこれです!

どんなに言っても汚れたオムツは隠すわ、パンツをはかないままでいるわ、で怒りたくなってしまいます。

でも、怒りたい気持ちはグッと抑えて。。。。

 

母は私に迷惑をかけたくない、と思ったのかもしれません。

粗相(そそう)をしてしまった自分を情けないと思っているのかもしれません。

母の気持ちを想像してみると、怒りの感情が薄くなってきました。

 

毎日の生活の中で、きれいごとばかり言ってはいられないことは充分わかっています。

時には怒りに任せて言ってしまうこともあるかもしれません。

でも、花火の時に見た母のはしゃいでいる姿、デパートの店員に無視された時の哀しそうな顔、パンツを汚してしまっても私に気付かれないように何事もなかったかのように振る舞っている姿。

そのどれにも母には母なりの思いがあってのことなんでしょう。

難しいことではありますが、どんな時にも母の気持ちを考えられるような自分になりたいと思います。

そして、極力母の気持ちに寄り添っていきたいと思っています。

『自分は役に立たない人間』

『自分は必要とされない人間』

とは決して思ってほしくないから。

そんな人はこの世に誰一人としていないのだから。

 

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