こんにちは、天乃 繭です。
今日は朝から母に怒ってしまいました。
やってしまったー!! です。
母が訳のわからないことを言ったりやったりしていた当初、私自身もそんな母を受け入れられずに怒鳴ったり、現実をわかってもらおうと必死になって説明したりしていましたが、認知症と診断されてからは少しずつ少しずつそんな母を受け入れられるようになっていき、怒りたい気持ちが起こっても極力抑えるよう、心掛けて今日までやってきました。
怒りの感情を抑える = 口を開かず黙っている
となってしまうので、母と言葉を交わす回数は以前より減ってしまったようには思っているのですが。。。
そんな風にして、怒りたい気持ちをグッと飲み込んできましたが、我慢の限界というか、『怒っちゃいけない』なんて思う間もなく言葉が口をついて出てしまうこともあって。
そんな時はもう止められないですね。
今まで飲み込んでいた思いが次から次へと湧き出てきてしまいます。
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話がちょっとソレてしまいました。
元に戻して、
今朝何があったかと言うと。。。。
朝って、何かとバタバタするじゃないですか。
自分の出かける支度、家族の朝ごはんの支度、夜ご飯のちょっとした下準備、洗濯、などなど。。。
そして今の時期は、一晩で家の前が落ち葉でいっぱいになってしまうんです。
落ち葉掃きなんて、ホントは夕方家に帰ってきてからしたいんですが、私が住んでいるところは古くからの住宅街。
若い世代が最近多くなったとはいえ、ウチのまわりは昔ながらの長年住んでいるお宅ばかりです。
ご近所さんは、家の周りをいつもきれいにしている家ばかりなので、ウチだけが汚い、という訳にはなかなかいかず。
角地なので、掃除しなければならない箇所が2面あるせいか、ウチだけ汚いままにしていると、せっかくまわりの家がきれいにしているのにそれが台無しになってしまうんです。
なので、朝、落ち葉掃きをしているんですが、ま、それもこの時期だけのことなんですけどね。
そうした様々な家事にプラスして、母の身支度も見なければなりません。
母は、朝起きる時間もまちまちなんです。
『もう起きてきたの~?』 って思うほど、サッサと起きてくる時もあれば、『一体いつまで寝てるの~?』って思うぐらい、いつまでもいつまでも寝ている時もあるんです。
これを読んだ人は、『だったら、決まった時間に起こせばいいんじゃないの?!』って思うかもしれませんが、例えば起きる時間は一定にしたとしても、今度は歯ブラッシや洗顔などにかかる時間が、これもその日によって全然違うんです。
歯を磨いて、顔を洗って、髪の毛を整えるだけなのに。。。
母の洗面所での時間を見計らって朝食のパンを焼き出すのですが、まだトースターにパンも入れてもいないうちから仕度が終わって戻ってくる時もあれば、とっくにパンは焼けていてもう焼きざましになってしまったような状態になってもまだ戻ってこない時もあるんです。
とにかく、何をするにも全く時間が読めないんです!!
同じ動きをするにしても、その時の母の気分や状態次第でかかる時間は全然違ってきてしまうんです!!
そんな毎朝を過ごしているんですが、今日は全てに時間がかかってます。
歯磨き等に長い時間がかかり、ようやく戻ってきたんですが、母には時間の観念も自分が出かけるという自覚もないので、自分のペースでゆっく~りゆっく~り朝食を食べてます。
急がせてはいけない、とグッと我慢をして待っていましたが、一向に急いでくれる様子もなく。。。
時間ばかりが過ぎていきます。
デイサービスのお迎えの時間も迫ってきます。
焦るのは私ばかり。。。
やっと食べ終わって、今度は着替えです。
『ブラウスはこれ着てね。』
『ブラウスが着れたら、このズボンはいてね。』
『最後にこのカーディーガンを着ておいてね。』
と言って、私もバタバタとしていました。
しばらくして、戻ってみると、さっきはブラスに着替えていたのに、何故だか最初に着ていた部屋着に戻っていて。。。
はぁ~っ?! 何でそうなるのぉ~??
心の中でそう思いながら、
『それは部屋着でしょ。 それを脱いで、このブラウスに着替えて!』
今度は、ブラウスの上に、今脱いだポロシャツを着ています。
『そうじゃないってばっ!!!』
とうとう声を荒げてしまいました。
こうなると、言葉はそれだけでは収まりません。
『何でブラウスの上にそんなの着てんのよ! それは今着ていた部屋着でしょ! このカーディーガンを着てって言ったのに!! 何でわからないかな?!』
と。
母は私の言ったことが聞こえなかったかのように、無言でブラウスの上に着ていたポロシャツを脱いでました。
脱いだものと、これから着るものとが混ざってしまうと、何を着るのかわからなくなってしまうんですね。
それは今に始まったことではないのですが、朝の忙しいときにそうなってしまうと、ついついイライラして、余計なことまで言ってしまいます。
ブラウスを着る、ズボンをはく、カーディーガンを着る。
たったそれだけのことなのに、どれだけの時間がかかっているんでしょうか?!
更には、脱いだ洋服を『超~』がつくぐらい丁寧にたたんでいて、着替えることが後回しになってます。
『たたむのは後回しにして、とにかく着替えて!』
と言いながら母の手から洋服をひったくってしまいました。
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イライラしてしまうと、それは1つの事では終わらないんですよね。
イライラしている気が更なるイライラを呼ぶのか、イライラしていることが母にも伝わって萎縮してしまって普段できるようなこと、わかるようなこともできなくなったりわからなくなったりするのでしょうか。
きっとどちらも正解なんでしょうね。
そんな風に私が何度も声を荒げて言ってしまったからか、いつもならボタンは自分でできるのに、今日は、
『ボタンがどうしても留められないのよ、留めてくれる?』
と、沈んだ声で言うのです。
母と接するにあたり、
・イライラしない
・怒らない
ということをいつも自分に言い聞かせているのですが、
大きなため息と共に、
『何でこんなことができないのよ~、全く!!』
こう言ってしまった私に、母は
うつむき加減で弱々しい声で
『何か、いろいろなことがわからなくなっちゃたのよね』
と、ぼそり。
その言葉をボタンを留めながら聞いて、
『しまった、言ってしまった!!』
と後悔の念です。
母もなりたくて認知症になったんじゃないですものね。
それは充分わかっているつもりなんですが。。。
母の心中を思うと、
本当にゴメンなさい!!
です。
母が認知症と診断され、介護が始まってから、
『母の心の声』
というか
『その時に母が感じている思い』
というものに何度か触れたことがあります。
こういう時って、認知症かどうかなんて関係なく、一人の人間の純粋な素直な『心』がストレートに伝わってくる感じなんですよね。
そんな母に接し、今度こそ気を付けていこう、と思うのですが、つい感情が勝ってその思いを忘れて心ない言葉を言ってしまいます。
まだまだダメですね~、私。
まだまだなんですが、心していきたいと思ってます。
今日みたいに、イライラ感情が勝って、つい心ない言葉を言ってしまったときに思い出す本があるんです。
母が認知症と診断された頃に読んだ本です。
息子である著者が、認知症の母親を介護しながら看取っていく話なのですが、この主人公は本当に素晴らしく頭が下がります。
母親の介護のために毎日毎日実家に通い、その母親からはいつも弟と比較された言葉を浴びせられているのに、怒ったり反発したりすることもなく献身的に介護をしていくんです。
介護がどんなに大変でも愚痴一つ言わずに認知症の母親に寄り添う姿は、私にはとても出来ないな~、と思う反面、私も少しでもそれに近づこう、と思ったのを覚えています。
今日の私のような態度では、この本の主人公には程遠いいんですが、飾らない言葉で書かれていて、介護の大変さがどっしりとのしかからない、温かみのある文章になっていて、介護をしている私達に力をくれる本だと思いますので、皆さんも機会があったら是非読んでみてくださいね。
読み終わった時、涙と共に心が何故だかホッコリと温まる本ですよ ♪♪
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